ミッション

私たちは、ミッションパートナーとして、定期的なキングダムビルダーズや、教会で特別な機会を設け、世界中の様々な分野をサポートしています。また、災害等が起きた際には、必要に応じて、経済的な支援を行っています。2015年は、ミッションの分野に既に1200万円以上を捧げています。ミッションに関して、さらに情報をお求めの方は、お問い合わせください。または、以下のリンクより、捧げることが出来ます。www.mylifehouse.com/give.


現在サポートしているミッション

テジャス・アジア‐インドの学校

http://www.tejasasia.org/

これまでのテジャス・アジアへの献金を通し、私たちは貧しい女性たちを力づけ、技術を取得するためのスキルハウスを設立し、小規模企業を始める手助けを行いました。また、基礎教育の改善、病気の拡大を抑え、きれいな水の供給、経済的な機会の拡大に貢献してきました。
そして、路上に住む子どもたちを助ける働きも行っています。子どもたちを労働から守り、必要なケアと支援、そして、安全なシェルターを用意しています。より良い仕事を得ることが出来るように、子どもたちに教育の機会を与え、問題の原因に目を向けることによって、子どもたちの家庭全体に良い影響を放つことが出来ると信じています。
さらに、ニューデリーに毎年チームを送り、現地の子どもたちと直接関わりあい、英語を教え、貧しい地域で食事を提供し、医療の面でも手助けをしています。

私たちのビジョンは、実存主義を越えた意味のある人生を歩むべき、恵まれない子どもたちや、若者、貧しい女性たちに、「積極的な行動を通して実践的な希望」をもたらすことです。私たちのミッションの心は、イエスの名によって、全ての人に「希望と将来を与える」ことです。(エレミヤ29:11)
テジャス・アジアは、インドのニューデリーから生まれた世界的な貧困と闘う屈指の非営利団体(NPO)です。コミュニティーに根付いた取り組みを第一とし、「ホープスクール」という学校のプログラムを通じて、村の恵まれない子どもたちに充実した教育、そして、基本的な食事の提供をしています。また、医療関係のプログラムや、「マーシーモバイルメディカルミッション」を通して、各コミュニティーに必要な健康面での支援も行っています。「ホープアカデミー」では、技術を学ぶ機会や、リーダーシップの育成、カウンセリングを提供し、若者や女性を力づけています。

ワトト・ミニストリー

http://www.watoto.com/

ワトトは、ウガンダの親を失った膨大な人数の子供や弱り果てた女性たちに対応する総合ケアの働きです。2008年、UNICEFやUNAIDSは、4,750万人の孤児が、サハラ以南のアフリカに住んでおり、4分の1の子どもたちがエイズによって両親を亡くしていると推定しました。そのうち250万人の子どもたちがウガンダに住んでいます。
ワトトは、ゲリー&マリーン・スキナーによって、ウガンダのカンパラで成長するワトトチャーチ(旧KPC)によって設立されました。
ライフハウスでは、年間を通して、金銭的にワトトを支援する機会もありますが、家族を失い、教育を受けたり、学校に行くことが出来ない子どもたちを個々にスポンサーすることも可能です。


過去のミッション

ネパール:地震の復興支援

https://en.wikipedia.org/wiki/April_2015_Nepal_earthquake

2015年4月にネパールで自信が発生した際、ライフハウスは復興のために300万円を超える支援を送り、現地の地域教会を通して、その地域の人々に必要な救済支援を行いました。

フィリピン:洪水の復興支援

https://en.wikipedia.org/wiki/Typhoon_Haiyan

2013年11月にセブ地域で洪水が発生した際、ライフハウスは復興支援として、200万円を超える支援をフィリピンのパートナーを通して、速やかに現地に送りました。この支援は、家を失ってしまった何千人という住民へ食事を提供し、安全な住居を用意するために用いられました。

debris all over the city

東日本大震災の復興支援

http://www.tohokureliefhomestay.com/

2011年に発生した東北地方の地震と津波の被害は、日本中、そして世界中に大きな衝撃を与えました。私たちの教会も、日本中の教会と協力し合い、東北への支援を行いました。
2011年3月11日午後2時46分に発生した地震と津波は、東北地方に大きな傷跡を残しました。福島の原子力発電所への被害によって、放射能が拡散し、沢山の方が避難を余儀なくされました。当時の首相、官直人総理大臣は、この震災を「戦後65年で最大の危機」との見方を示しました。
しかし、この震災を受けて、日本全国、そして海外から、寛大な支援と協力、温かい励ましが集まりました。私たちの想いは、この震災で被災された若者、素晴らしい可能性に溢れた若者を祝福し、人生に一度きりの体験を通して、力づけられ、最高な将来への夢を描くためのお手伝いをしたい、と願っています。そのため、愛する家族を失った悲しみ、大切な家が被災してしまった経験など、トラウマになってしまうような厳しい体験をした皆さんが心身共に癒され、復興していくために少しでもお役に立ちたいと思い、被災された高校生や大学生に、夏休みの無料ホームステイプログラムを企画しました。
ライフハウスで実施した幾つかの復興支援をご紹介します。

1. 被害にあった住宅の泥かきや掃除
震災が発生して1週間後、東北地方へリーダーが数名向かい、私たちに何が出来るのだろうか、と視察に行きました。2011年5月には、40人のチームが被災地へ向かい、避難所近くでの炊き出しや、地域の泥かきや、掃除を手伝いました。その後、7か月に渡り、毎週10-20名のチームを被災地へ送り、浸水の被害を受けたご家庭の泥かきや、掃除、そして家の修復を手伝いました。被害の度合いによって、全壊や半壊という審査には満たさず、修繕費の手当てをうけることが出来なかったものの、現状のまま住み続けることは難しいご家庭も数多く、そのようなお家の修復を手伝いました。ボランティアの皆さんの働きにより、60以上の住宅の泥かきや、修復に携わることが出来ました。

2. 学生への無料ホームステイプログラム
大手企業パートナー(航空会社や語学学校など)や、20の地域教会のご協力によって、2011年と2012年にかけて、2週間から4週間のホームステイ(アメリカ本土、ハワイ、ニュージーランド、オーストラリア)を300人の被災した学生に無償で提供しました。これを通し、ご家族は復興作業に集中することができ、家族や大切な人を震災で亡くされた学生には、辛い状況においても、平安を感じ、新しい一歩を踏み出すことが出来るように、サポートしました。学生たちは、愛に溢れたクリスチャンのご家庭にホームステイをしながら、ホストチャーチによる英語のレッスンを受け、観光や異文化体験など、特別な時間を過ごすことが出来ました。

3.加須市の避難所
https://en.wikipedia.org/wiki/Futaba,_Fukushima
福島の第一原発の事故により、双葉町の住民は、避難をよぎなくされてしまいました。彼らは、一時的に埼玉スーパーアリーナに避難し、その後、加須市の騎西高校に役場ごと避難所が移りました。そのため、5か月間にわたって、最初はスーパーアリーナ、その後は騎西高校にチームを送りました。チームは、地元を離れて、不安やストレスを抱えていた小さな子どもたちや中高生と時間を過ごしました。そして、ライフハウスは、日本の大手アパレル企業と共に、避難所で生活されていた皆さんに新品の服をプレゼントすることも出来ました。

バリにあるマーシーホーム&スクール

http://imercyindonesia.org/

インドネシアにあるバリのパートナーを通して、戦争で被害にあった子どもたちや、家族がいない路上に住む子どもたちに、住む場所と教育を提供してきました。これは10年かけて行ったプロジェクトで、現在は終了しています。過去10年間、支援という形で関わることができた子どもたちが、現在では大学を卒業し、社会に出て、仕事を始めています。小さな子どもだった彼らが、今は大人として成長した姿を見て、教育や機会の提供を通して、世代を超える影響を与えることができたと信じています。