僕のパパ(息子と娘のように祈る)

(ルカ 11:1-4 ALIVE訳)ある日のこと――イエスは今日も1人で祈っていた。祈り終わって戻ってくると、一味の1人が前にでた。 「先生、洗礼者(バプティスト)ヨハネが弟子に教えたように、俺たちにも祈り方を教えてくれないか?」 (2)「ああ、こう祈れ。 父さん(神)、あなたの名がいつまでも誰よりも讃えられるように!あなたの王国(キングダム)よ、来い!(3)毎日必要な食糧の調達を!(4)俺たちを赦してくれ!俺たちも酷い人を赦した!どうか俺たちを誘惑から守ってくれ!」――【決して、神に命令しているのではなく、親子の関係を表した“祈り”を教えたのだった】

「天の父さん」
-賛美
-目的
-備え
-平安
-守り

1.旧約聖書では15回、神様が“お父さん”だと予示されている
(イザヤ 9:6)ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子がわれわれに与えられた。まつりごとはその肩にあり、その名は、「霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君」ととなえられる。

(1 列王記 29:10)ダビデは全集団の目の前で主をほめたたえた。ダビデは言った。「私たちの父イスラエルの神、主よ。あなたはとこしえからとこしえまでほむべきかな。

(イザヤ 64:8 JCB)しかし主よ、それでもなお、神は私たちの父です。私たちは粘土で、神は陶器師です。私たちはみな御手によって造られました。

(マラキ 2:10)私たちはみな、ただひとりの父を持っているではないか。ただひとりの神が、私たちを創造したではないか。なぜ私たちは、互いに裏切り合い、私たちの先祖の契約を汚すのか。

(ヨハネ 5:17-18 JCB)ところが、イエスはお答えになりました。「わたしの父は、絶えず良い働きをしておられます。わたしはその模範にならっているのです。」(18)これを聞いたユダヤ人の指導者たちは、ますます、イエスを殺そうと思うようになりました。イエスが安息日のおきてを破ったばかりか、事もあろうに神を「父」と呼んで、自分を神と等しい者としたからです。

2.新約聖書ではイエスによって親密な関係に招かれている
ヨハネの書では120回イエスは「お父さん」という言葉を使っている
30回以上、イエスは自らを「神の息子」と説明し、30回「息子」と言った。

(ヨハネ 5:17-18 JCB)ところが、イエスはお答えになりました。「わたしの父は、絶えず良い働きをしておられます。わたしはその模範にならっているのです。」(18)これを聞いたユダヤ人の指導者たちは、ますます、イエスを殺そうと思うようになりました。イエスが安息日のおきてを破ったばかりか、事もあろうに神を「父」と呼んで、自分を神と等しい者としたからです。

3.パウロも息子のように祈ることへ私達を導いてくれている
(ローマ8:14-17 ALIVE訳)神の霊によって導かれる者はだれでも、神の子どもだからだ。(15)そこで私たちは、奴隷のように、いつもびくびく恐れる必要はもうないのだ。神の家族の中に、子どもとしてあたたかく迎え入れられたのだから。神の霊が私たちを実の子どもとし、神をアバ父さんと呼ばせてくれるのだ ――【アバ:アラム語で小さな子どもがお父さんを呼ぶとき「パパ」のように使われる】(16)というのは、神の霊が、私たちの心の奥底に、私たちはほんとうに神の子どもだよ、と語りかけてくれるからだ。(17)そして、私たちは神の子どもなのだから、神の財産を分け前にあずかる。神が一人子ひとりご・イエスキリストに与えたものは、今では私たちのものでもあるからだ。しかし、私たちが神の一人子の栄光を共に受けるのなら、当然、その苦難をも受けなければならない。

祈りの旅…
1.まずは、シンプルで個人的
2.そして、複雑で不思議なこと
3.次に長くてがっかりするようなこと:まだ不可能なこと
4.最後に、(また)自信を持ってシンプルで個人的。「天の父さん」から祈りを始める
-できる
-続けやすい
-パワフル