神様を体験するために、神様は私たちみんなを招待している

(マタイ 7:7-8 ALIVE訳)「求めろ、そうすりゃ与えられる。 探せ、そうすりゃ見つかる。 叩け、そうすりゃ扉は開く。(8)そうだ、求め続ける者は、与えられ、探し続ける者は導かれ、叩き続ける者の扉は開かれる!!!

(エレミヤ 29:12-13 JCB)その時になったら、わたしはおまえたちの祈りに耳を傾ける。(13)真剣に探し求めるなら、おまえたちはわたしを見つけることができる。

求めている時の謙遜さ
(ヨハネ 8:31-32 ALIVE訳)そこで、イエスを信じたユダヤ人に言った―― 「あなたがたが私の教えに従いつづけるなら、仲間だと認めよう。(32) あなたがたは真理を悟り、その真理があなたを自由にする!!!」

第1シーン
(ヨハネ 11:11-16 ALIVE訳)「友達のラザロが眠っているんだ、起こしてやらないとな!」(12)「でも師匠!眠れるなら、よくなるんじゃ・・・」(13) このとき、イエスが本当の意味でラザロが眠っていると言ったのかと思っていた仲間たち。だが、イエスはラザロの死を意味していた。(14)「ラザロは死んだよ」 今度は率直そっちょくに。(15)「その場に居合わせなくてよかった・・・よかったな、おまえたち!これでおまえたちは私を信じるようになる。さあ、行くぞ!」(16)「問答無用、俺たちも行くぞ!そこでイエスと死のうじゃあないか!」 ここで、双子のトマスが仲間の士気をあげた。

第2シーン:イエスはトーマスにもっと大きなものを見れるように助けた
(ヨハネ 14:3-8 JCB)すっかり準備ができたら迎えに来ます。わたしがいる所に、あなたがたもいられるようにするためです。(4)これだけ言えば、わたしがどこへ行くか、どうしたらそこへ行けるか、もうわかったでしょう。」(5)するとトマスが言いました。「いいえ、ちっともわかりません。先生がどこへおいでになるのか、まるで見当もつきません。ましてそこへ行く道など、どうしてわかりましょう。」(6)イエスはトマスに言われました。「いいですか。わたしが道です。そして真理でもあり、いのちでもあります。わたしを通らなければ、だれ一人、父のところへは行けません。(7)わたしがどういう者か知っているなら、わたしの父のこともわかったはずです。あなたがたは、今からはもう父を知っているし、すでに父を見ているのです。」(8)今度はピリポが口をはさみました。「先生。あなたのお父様を見せてください。それだけで十分ですから。」

第3シーン: トーマスは考える者で社会的に葛藤していた
(ヨハネ 20:24-25 ALIVE訳)十二弟子の1人で、ふたごのトマスは、この時、その場にいなかった。(25)それでみんなが、 「ほんとうだ!師匠に会ったんだ!」 と口をすっぱくして話しても、本気にしない。 「イエスの手の釘あとを見、この指をそこに差し入れ、この手をイエスのわき腹に差し入れでもしなければ、信じるもんか!」 頑として、こう言いはる。

最後のシーン
(ヨハネ 20:26-28 JCB)八日たちました。その日も、弟子たちは集まっていました。今度はトマスもいっしょです。戸にはかぎがかかっていましたが、突然、前の時と同じようにイエスが一同の中に立ち、「平安があるように」とあいさつなさいました。(27)それからイエスは、トマスにおっしゃいました。「さあ、あなたの指をこの手に当ててみなさい。あなたの手をこのわき腹に差し入れてみなさい。いつまでも疑っていないで信じなさい。」(28)「ああ、わが主、わが神よ!」感きわまって、トマスは叫びました。