私たちの信じること

「聖書=神様のことば」であると信じます。それは正しく、力があり、私たちの日常生活の中で当てはめることができます。

すべてを創られた一つの神様を信じます。神様は父、息子、聖霊様として存在しています。(三位一体)神様は愛であり、完全に聖なる方です。

罪が私たちを神様、そして神様が与えてくれた人生の目的から引き離したことを信じます。

神であり、人でもある、主イエスが、私たちと神様を再び結びつけてくれる存在だと信じます。イエスは一度も罪を犯さず、模範となる人生を歩んでいたにもかかわらず、私たちの代わりに十字架にかかって死に、3日後に生き返ることで、私たちに勝利と力が与えられたことを証明しました。

私たちが赦され、「新しく生まれ変わる」ためには、今までの罪を悔い改め、主イエスを信じ、イエスが私たちに望まれる人生を歩んでいくことだと信じます。

神様が望まれている聖なる、実のある人生を送るために私たちは洗礼を受け、聖霊様の力で満たされる必要があります。聖霊様は異言などの霊的な賜物を私たちに与えてくれることを信じます。

私たちは神様が私たち一人一人を整えられたことを信じます。それは、神様を賛美し、教会での役割を果たし、私たちの属するコミュニティで仕えるという神様が備えられた人生への目的を全うするためです。

神様は私たちが周りの人々の力となり、健康的で充実した人生をおくることができるように、私たちを癒し、変えたいと願っていることを信じます。

私たちの永遠の居場所が天国か地獄になるかは、主イエス・キリストへの私たちの返答によって決められることを信じます。

イエスが約束した通りに再び戻ってくることを信じます。


信仰声明

アッセンブリーズオブゴッドの土台となる真理についての声明

 

聖書は、私たちの信仰生活において必要なものを全て示している。土台となる真理についての声明の目的は、私たちの交わりの基礎となるものである(つまり、同じ理解で話すため。1コリント1:10、使徒4:20)。この声明で使用された用語は、神の霊感によって書かれたわけではなく、強く主張しているわけではないが、明記された真理は、福音を全て信じるミニストリーにとって、必要不可欠なものである。この声明は、聖書の真理を全て取り上げているわけではなく、これらの基本的な信条に必要な個所のみを取り上げている。

 

神の霊感によって書かれた聖書

唯一の神

神である主イエス・キリスト

人の堕落

人の救い

教会で権限を授けられていること

聖霊のバプテスマ

聖霊のバプテスマによる最初のしるし

聖別

教会と教会のミッション(使命)

ミニストリー

神の力による癒し(神癒)

祝福に満ちた希望

キリストによる千年王国

最後の審判

新しい天国と新しい地球

 

  1. 神の霊感によって書かれた聖書

聖書は、旧約、新約ともに、神の霊感による神のことばであり、人間への神からの啓示、そして信仰や行いに対し、絶対的で、最高権威を持つ神の正典である。

 

2テモテ3:15-17、1テサロニケ2:13、2ペテロ1:2

 

  1. 唯一の神

唯一の神は永遠に独立的な存在であり、自らが「わたしはある」と示しているように、天地の創造主、人類の救い主である。また、神はご自身を、父と子と聖霊の原理で示された。

 

申命記6:4、イザヤ43:10,11、マタイ28:19、ルカ3:22

 

礼拝すべき神

 

  1. 用語

「三位一体」や、「三位格の神」とは、「神」と関連し、聖書に記されているわけではないが、聖書のことばと一致しており、神であることを敬うキリストの信条に対する私たちの理解を、他の人たちに、「多くの神、多くの主」とは異なると区別して伝えるために、使われている用語である。そのため、唯一の神、私たちの主なる神は、三位一体や、三位格の神のように表すが、確実に聖書に基づいている。

 

マタイ28:19、2コリント13:14、ヨハネ14:16-17

 

  1. 神の特徴と関係性

キリストは、三位格である神を、父、子、聖霊という関係を持った特定の用語で表現したが、その特徴や関係性、方法は、説明されていないため、計り知れず、人知を超えたものである。

 

ルカ1:35、1コリント1:24、マタイ11:25-27、マタイ28:19、2コリント13:14、1ヨハネ1:3-4

 

  1. 父と子と聖霊の一致

それに基づき、父は、子ではなく父としての性質があり、子は父ではなく、子としての性質、聖霊には父でも子でもない性質がある。そのため、父がビゲター(父親)であり、子がビゴテン(ひとり子)、聖霊は父と子からきているのである。そのため、この三位格は一致をしており、主である全能の神、その名は一つである。

 

ヨハネ1:18、ヨハネ15:26、ヨハネ17:11、ヨハネ17:21、ゼカリヤ14:9

 

  1. アイデンティティーと神の協調性

父と子と聖霊は、それぞれ異なったアイデンティティーを持つ。関係性に混乱はなく、神として分かれているわけでもなく、決して対立せず、協調するに限る。子は父と、父は子との関係性がある。子は父と共にあり、父は子と共に交わりを持つ。父は、子から出たわけではないが、子は父からの権威によってある。聖霊は父と子からあり、同じ本質、関係性、協調性、権威を持つ。そのため、神は一体であり、個々で存在したり、個々で働くわけでもない。

 

ヨハネ5:17-30、ヨハネ5:32、ヨハネ5:37、ヨハネ8:17,18

 

  1. 主イエス・キリストという敬称

主イエス・キリストという名称は、正式な名前である。新約聖書では、父や聖霊には決して当てはめられていない。そのため、この名称は神の子にのみ、属するものである。

 

ローマ1:1-3、2ヨハネ1:3

 

  1. 主イエス・キリスト、神が私たちと共にいる

主イエス・キリストは、神の永遠の本質により、唯一の正式な父のひとり子であるが、人間の性質も持ち、イエスは、正式な人の子でもある。そのため、イエスは神であり、人であると認められ、神の性質と人の性質を持つ「インマヌエル」、神が私たちと共にいるとなる。

 

マタイ1:23、1ヨハネ4:2、1ヨハネ4:10、1ヨハネ4:14、黙示録1:13、黙示録1:17

 

  1. 神の子という敬称

「インマヌエル」という名前が、私たちの主イエス・キリストにおいて神と人との性質を含むため、神の子という敬称も、イエスが正式な神であり、人の子という敬称も、正式な人間であることを示している。そのため、神の子という敬称は、永遠の地位に属し、人の子という敬称は生涯の地位に属する。

 

マタイ1:21-23、2ヨハネ1:3、1ヨハネ3:8、ヘブル7:3、ヘブル1:1-13

 

  1. キリストの信条に対する罪

そのため、イエス・キリストが「神の子」という敬称を受けとった理由は、イエス・キリストの顕現の事実によるもののみである、または、イエスの贖いとの関係性によるもののみである、と言い切ることは、キリストの信条に対する罪である。だからこそ、父が真の神であり、永遠の父であり、子も真の子であり、永遠の子であることを否定することは、神であることの特質と関係性を否定することとなり、父と子を否定し、イエス・キリストが肉体をもって来たという真理を排除してしまうこととなる。

 

2ヨハネ1:9、ヨハネ1:1、ヨハネ1:2、ヨハネ1:14、ヨハネ1:18、ヨハネ1:29、ヨハネ1:49、1ヨハネ2:22,23、1ヨハネ4:1-5、ヘブル12:2

 

i. イエス・キリストが主であるという称賛

神の子である私たちの主イエス・キリストは、私たちの罪を背負い、神の御座の右に座られた。天使や権天使、力はイエスのために与えられた。そして、主であり、キリストであるイエスは、聖霊を送った。それは、私たちがイエスの名によって、膝まずき、イエス・キリストが主であり、栄光が終わりまで、父である神にあり、子が父の元にあり、全てに神があるように告白するためだ。

 

ヘブル1:3、1ペテロ3:22、使徒2:32-36、ローマ14:11、1コリント15:24-28

 

  1. 父と子を同等に褒めたたえる

父が全ての裁きを子によって解放したため、天と地の全てがひざまずくだけではなく、聖霊によって言葉にならないほどの喜びを、神である子に、その名が含む全ての神の敬称に全ての誉れと栄光を帰す。関係性を表すもの(神と、父と子と聖霊の一致、神のアイデンティティーと協調性を参照)を除き、父を褒めたたえるように、子を褒めたたえる。

 

ヨハネ5:22,23、1ペテロ1:8、黙示録5:6-14、ピリピ2:8,9、黙示録7:9-10、黙示録4:8-11

 

  1. 神である主イエス・キリスト

主イエス・キリストは、永遠の神の子である。聖書でこう宣言されている。

 

処女から生まれ、

マタイ1:23、ルカ1:31、ルカ1:35

 

罪のない人生をおくり、

ヘブル7:26、1ペテロ2:22

 

奇跡を行い、

使徒2:22、使徒10:38

 

身代わりとして十字架にかかり、

1コリント15:3、2コリント5:21

 

死からの肉体的な復活をとげ、

マタイ28:6、ルカ24:39、1コリント15:4

 

神の右の座に昇られた。

使徒1:9、使徒1:11、使徒2:33、ピリピ2:9-11、ヘブル1:3

 

  1. 人の堕落

人は全き良き者として創られた。神は「人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。」と言った。しかし、人は自由意志によって罪を犯し、その結果、肉体の死だけではなく、神から離される霊的な死がもたらされた。

 

創世記1:26,27、創世記2:17、創世記3:6、ローマ5:12-19

 

  1. 人の救い

人の贖いの唯一の望みは、神の子イエス・キリストの血による。

 

救いの条件

 

救いは、神への悔い改めと、主イエス・キリストへの信仰によってのみ受け取れる。新しく洗われ、新たに聖霊を受け、信仰による恵みによって義とされ、永遠の希望によって、人は神の相続人となる。

 

ルカ24:47、ヨハネ3:3、ローマ10:13-15、エペソ2:8、テトス2:11、テトス3:5-7

 

救いの証拠

 

救いの内側の証拠は、聖霊の直接的な証拠である。

ローマ8:16

 

全ての人に示す外側への証拠は、義と真の神聖な人生だ。

エペソ4:24、テトス2:12

 

  1. 教会で権限を授けられていること

水のバプテスマ(洗礼)

水に浸す洗礼の儀式は、聖書によって命じられている。誰でも悔い改め、キリストを救い主であり、主であると信じる者は、洗礼を受けるものだ。従って、洗礼を受けることで、キリストと共に死に、キリストと共に生き、新しいいのちの中で歩むことを公けに宣言する。

 

マタイ28:19、マルコ16:16、使徒10:47,48、ローマ6:4

 

聖餐式

キリストの正餐式は、聖体であるパンとぶどう酒を用い、主イエス・キリストの神の性質(2ペテロ1:4)を表すシンボルとして、また、イエスの苦しみと死(1コリント11:26)、そしてイエスの再臨の預言(1コリント11:26)を覚え、全て信じる者が「再びイエスが来るまで」行う。

 

7.聖霊のバプテスマ

全て信じる者は、私たちの主イエス・キリストが命じたように、聖霊と火のバプテスマを、父なる神の約束を切に期待し、熱心に求めるべきである。これは、初期のクリスチャン教会において、日常の体験であった。人生や礼拝のために、この力を授かるとき、ミニストリーにおいて用いられる賜物を与えられる。

 

ルカ24:49、使徒1:4、使徒1:8、1コリント12:1-31

 

これは、新しく生まれ変わる体験とは異なり、その後に体験するものである。

使徒8:12-17、使徒10:44-46、使徒11:14-16、使徒15:7-9

 

聖霊のバプテスマは以下のような体験によって起こる。

 

聖霊が満ち、溢れだす。ヨハネ7:37-39、使徒4:8

神を礼拝する思いが深まる。使徒2:43、ヘブル12:28

神への献身と神の働きに対する熱心さが高まる。使徒2:42

イエスへの愛、イエスのことばへの愛、失われた人への愛が、よりアクティブなものになる。マルコ16:20

 

8.聖霊のバプテスマによる最初のしるし

聖霊のバプテスマを受けたクリスチャンは、まずそのしるしとして、神の霊によって授けられた言葉で、他の言語で話すことによって、証明される。

 

使徒2:4

 

異言で話すことは、この場合、異言の賜物と同じ本質を持つが、目的や使い方が異なる。

1コリント12:4-10、1コリント12:28

 

  1. 聖別

聖別とは、悪であるものを分け、神への献身を意味することである。

 

ローマ12:1,2、1テサロニケ5:23、ヘブル13:12

 

聖書では、「聖くなければ、だれも主を見ることができない」という生き方を教えている。

ヘブル12:14

 

聖霊の力によって、私たちは「わたしが聖であるから、あなたがたも、聖でなければならない」という命令に従うことが出来る。

1ペテロ1:15,16

 

聖別は、信じる者が、キリスト自身が死に、復活したこと受入れ、日々、信仰によって、一致の事実を受け入れ、聖霊の統治の中に、全ての特権を渡し続けることを受け入れるときに、実現されるものだ。

 

ローマ6:1-11、ローマ6:13、ローマ8:1,2、ローマ8:13、ガラテヤ2:20、ピリピ2:12,13、1ペテロ1:5

 

10.教会と教会のミッション(使命)

教会は、キリストの身体であり、霊による神の住まいであり、大宣教命令を全うするという神の約束を持った場所である。信じるものは、それぞれ霊によって生まれ、天に記されている長子たちの教会から不可欠な存在である。

 

エペソ1:22,23、エペソ2:22、ヘブル12:23

 

神の人への目的は、失われた者を求め、救い、賛美され、神の子のイメージに似た身体を建て上げ、世界に対する神の愛と哀れみを示すことであるため、アッセンブリーズオブゴッドの教会の一部として、優先すべき理由は以下である:

 

世界に伝道する神の代理人となる。使徒1:8、マタイ28:19,20、マルコ16:15,16

 

神を賛美する法人となる。1コリント12:13

 

教会を、神の目的であるキリストのような完全なものに建て上げるための管となる。エペソ4:11-16、1コリント12:28、1コリント14:12

 

神の愛とあわれみを世界へ示す人々となる。詩編112:9、ガラテヤ2:10;6:10、ヤコブ1:27

 

アッセンブリーズオブゴッドは、信じる人に聖霊のバプテスマを受けるよう教え、励ますことによって、新約聖書の使徒の模範に従うことを強調し続ける。

 

この体験によって:

 

超自然的な印と共に、霊の力によって伝道することが出来るようになる。マルコ16:15-20、使徒4:29-31、ヘブル2:3,4

 

神との関係に敬意を示す必要な側面が増える。

1コリント2:10-16、1コリント12、1コリント13、1コリント14

 

聖霊の実や賜物を表す聖霊の完全な働きに応答出来るようになり、新約聖書の時代のミニストリーのように、この世の貧しい人や必要がある人に手を差し伸ばすことや、キリストの身体を成長させることが出来る。

ガラテヤ5:22-26、マタイ25:37-40、ガラテヤ6:10、1コリント14:12、エペソ4:11,12、1コリント12:28、コロサイ1:29

 

11.ミニストリー

神に呼ばれ、聖書に基づき任命されたミニストリーは、教会をリードする主な4つの目的のために備えられている。

 

世界の伝道。マルコ16:15-20

 

神への賛美。ヨハネ4:23,24

 

教会をキリストのような完全なものに建て上げる。エペソ4:11-16

 

愛とあわれみのミニストリーによって人の必要を満たす。詩編112:9、ガラテヤ2:10;6:10、ヤコブ1:27

 

12.神の力による癒し(神癒)

神の力による癒しは、福音にとって欠かすことが出来ないものだ。病からの解放は、信じる者すべてにとって償いと特権である。

イザヤ53:4,5、マタイ8:16,17、ヤコブ5:14,16

 

13.祝福に満ちた希望

キリストの中に眠った者の復活と、主が来られる日まで留まり、生きている者が一緒に転換することは、いつ起こるかは分からない教会の祝福に満ちた希望である。

1テサロニケ4:16,17、ローマ8:23、テトス2:13、1コリント15:51,52

 

14.キリストによる千年王国

キリストの再臨は、祝福に満ちた希望である聖人の携挙、そして聖人と共に目に見える形でこの世にキリストが戻り、1000年間の間、地球に君臨することを含む。

ゼカリヤ14:5、マタイ24:27、マタイ24:30、黙示録1:7、黙示録19:11-14、黙示録20:1-6

 

千年王国の君臨は、イスラエル国民の救いをもたらし、エゼキエル37:21,22、ゼパニア3:19,20、ローマ11:26,27

 

万物の平和を成立させる。イザヤ11:6-9、詩編72:3-8、ミカ4:3,4

 

15.最後の審判

最後の審判では、不道徳な死人がよみがえり、それぞれの行いによって裁かれる。いのちの書に名前が書かれていない者は誰でも、悪魔とその使い、野獣と偽預言者と共に、永遠の裁きとして、火と硫黄が燃えさかる池、第2の死へ処分される。

マタイ25:46、マルコ9:43-48、黙示録19:20、黙示録20:11-15、黙示録21:8

 

16.新しい天国と新しい地球

「私たちは、神の約束に従って、正義の住む新しい天と新しい地を待ち望んでいます」

2ペテロ3:13、黙示録21、黙示録22