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ヒーローの生涯 – ダビデ

メッセージノート

賛美する者 & 王
(1 サムエル 16:10-12 JCB)サムエルはエッサイに言いました。「どうも主は、この息子さんたちのだれをも選んでおられないらしい。もうほかに息子さんはいないのですか。」「いいえ、まだ末の子がおります。今、野で羊の番をしておりますが。」「すぐ呼びにやってください。その子が来るまで、食事は始めませんから。」(12)エッサイはすぐに彼を迎えにやりました。連れて来られたのは、見るからに健康そうで、きれいな目をした少年でした。その時、「この者だ。彼に油を注ぎなさい」と、主の声がありました。

(1 サムエル 16:17-18 JCB)「そうだな。さっそく弾き手を見つけてまいれ。」(18)その時、家臣の一人が申し出ました。「ベツレヘムにいい若者がいます。私が会ったのはエッサイという人の息子ですが、竪琴を弾かせたら、それはもう天下一品です。りっぱな戦士で勇敢ですし、分別もございます。なおすばらしいことに、彼には主がついておられるのです。」

1) 賛美する者であった
(使徒13:22 JCB)しかし、そのサウロも神に退けられ、代わりにダビデが王になりました。このダビデのことを神様は、『エッサイの息子ダビデこそ、わたしの心にかなう者、わたしの意思に完全に従う者だ』と言われました。

2) 神様のタイミングを信頼していた

3) 小さいことにも忠実であった
(ルカ 16:10 JCB)小さなことに忠実な人は、大きなことにも忠実です。小さなことに不忠実な人は、大きな責任を与えられても、忠実に果たすことはできません。

フェアじゃない

メッセージノート

(マタイ 19:30, 20:1-11 新共同訳)しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる。) (20:1)「天の国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけて行った。(2)主人は、一日につき一デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った。(3)また、九時ごろ行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、(4)『あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう』と言った。(5)それで、その人たちは出かけて行った。主人は、十二時ごろと三時ごろにまた出て行き、同じようにした。(6)五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、(7)彼らは、『だれも雇ってくれないのです』と言った。主人は彼らに、『あなたたちもぶどう園に行きなさい』と言った。 (8)夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、『労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい』と言った。(9)そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。(10)最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリオンずつであった。(11)それで、受け取ると、主人に不平を言った。

(マタイ 20:12-16 新共同訳)『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』(13)主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。(14)自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。(15)自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。』(16)このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」

契約の関係のままがいい?それとも、恵の関係になりたい?

(箴言 3:5-6 JCB)心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。(6)あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。

(ローマ4:16 ALIVE訳)というわけで、神からの祝福は、無償の贈り物として、神に確信をもつことで与えられるのだ!掟に従うか否かに関係なく、信仰の父アブラハムと同じ信頼を神に抱くもののためにある約束だ。

目的のために選ばれた

メッセージノート

この時のために!
(エステル 4:14 JCB)もしも、この事態をおまえがそしらぬ顔で見ているなら、神様は別の人を用いてユダヤ人をお救いになるだろう。だが、おまえとおまえの一族は必ず滅びることになるのだ。神様がおまえを王妃となさったのは、もしかすると、この時のためかもしれない。

神様はあなたを選んだ
(ヨハネ 15:16 ALIVE訳)おまえたちが俺を選んだのではない。 俺が、おまえたちを選んだのだ!そして任命した。 だから、おまえたちは行って、いつまでも残る、すばらしい実を結ぶ。 また、俺の名を使って父さんに求めるものは、何でも叶えられる。

(エレミヤ 29:11 JCB)わたしは、おまえたちのために立てた計画をよく知っている。それは災いではなく祝福を与える計画で、将来と希望を約束する。

神様はあなたを通してその目的を果たしたい
(ルカ 9:3 MSGからの直訳)神様は言った、「多くの器具を積むな、シンプルに保ちなさい:あなたが器具なのです」

私たちは呼ばれている!!!

メッセージノート

(エペソ 1:3-4 新改訳)私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにおいて、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。(4)すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。

自分の使命
(イザヤ 42:6 新改訳)わたし、主は、義をもってあなたを召し、あなたの手を握り、あなたを見守り、あなたを民の契約とし、国々の光とする。
(呼ばれてる – 旧約聖書 – 800回&新約聖書 – 225回)

1. 神様は人を選ぶことを選んだ
a. 王:ダビデのストーリー

(1 サムエル 16:6-13 JCB)彼らが来た時、サムエルはそのうちの一人、エリアブをひと目見るなり、「この人こそ、主がお選びになった人に違いない」と思いました。(7)しかし、主は言いました。「容貌や背の高さで判断してはいけない。彼ではない。わたしの選び方は、あなたの選び方とは違う。人は外見によって判断するが、わたしは心と思いを見るからだ。」(8)次はアビナダブが呼ばれ、サムエルの前に進み出ました。しかし、「主は彼も選んでおられない」とサムエルは言いました。(9)続いてシャマが呼ばれましたが、主からは、「彼もわたしの目にかなわない」という返事しかありませんでした。同様にして、エッサイの七人の息子がサムエルの前に立ちましたが、みな主に選ばれませんでした。(10-11)サムエルはエッサイに言いました。「どうも主は、この息子さんたちのだれをも選んでおられないらしい。もうほかに息子さんはいないのですか。」「いいえ、まだ末の子がおります。今、野で羊の番をしておりますが。」「すぐ呼びにやってください。その子が来るまで、食事は始めませんから。」(12)エッサイはすぐに彼を迎えにやりました。連れて来られたのは、見るからに健康そうで、きれいな目をした少年でした。その時、「この者だ。彼に油を注ぎなさい」と、主の声がありました。(13)サムエルは、その少年ダビデを兄弟たちの真ん中に立たせて、持って来たオリーブ油を取り、彼の頭に注ぎました。すると、主の霊がダビデに下り、その日から彼には卓越した力が与えられたのです。こののち、サムエルはラマへ帰って行きました。

b. 才能溢れたアーティスト:べツァルエルのストーリー

(出エジプト 31:1-5 JCB)主はまた、モーセに告げました。「わたしはユダ族のウリの子で、フルの孫に当たるベツァルエルを選んだ。(3)彼に神の霊を満たし、幕屋とその中にある物いっさいを作るのに必要な、知恵と才能と技術を与えた。(4)彼は、金、銀、青銅の細工を美しくデザインすることができる。(5)また宝石の細工にも、木の彫刻にも熟練した腕を持っている。

c.12人の普通の男たちのストーリー

(ルカ 6:13 新改訳)夜明けになって、弟子たちを呼び寄せ、その中から十二人を選び、彼らに使徒という名をつけられた。

d. 私たちのストーリー

(ヨハネ 15:16 JCB)あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選んだのです。そして任命しました。だから、あなたがたは行って、いつまでも残るすばらしい実を結びます。また、わたしの名前によって父に求めるものは、何でもいただけるのです。

(1 コリント 1:26-31 ALIVE訳)教会のみんな。神があなたを選んだときに自分が置かれていた環境やその時の自分という人間をよく考えてみてほしい。神に選ばれる前は、世の中から見て賢い人、著名人、または、貴族生まれの者は教会にほとんどいないだろう。(27)それどころか、神は、この世では愚か者だと思われている人を、わざわざ選んだ。それは、この世で知恵ある人を辱はずかしめるためなのだ。神はこの世の強いものに恥ずかしい思いをさせるため、弱い者を選んだのだ。 (28)神は、世の中が重要視しないもの、すなわち見下され、無価値とされるようなものを選ぶのだ。それもすべては、世の中にある大切なものの概念を崩し、無価値を有価にするために。(29)だから、どこのだれであっても、神の前で自慢できることはない。(30)というのは、みなさんをイエス・キリストに繋げたのは神であり、キリストが私たちに与えられた神からの知恵となったのだ。 イエスのおかげで、神に認められ特別な者とされ、罪から解放されたのだ。(31)聖書にあるとおりだ。 “誰であろうと誇りたければ神様を誇れ”

2. 質問:なんで神様は選ぶの?神様だから!それだけ!

(ローマ 9:15-16 JCB)神はモーセにこう言われました。「わたしは、恵もうと思う者を恵み、あわれもうと思う者をあわれむ。」(出エジプト33・19)(16)したがって、神の祝福は、だれかがそれを得ようと決心したからとか、そのために努力したからといって与えられるものではありません。それは、神のあわれみによって与えられるものなのです。

(ローマ 9:20-21 JCB)そんなことを言ってはなりません。神を非難するあなたは、いったい何者なのですか。造られた者が造った者に、「なぜ私をこのように造ったのですか」などと言ってよいでしょうか。(21)ある人が粘土でつぼを作る時、その人は同じ粘土のかたまりを、一つは美しい花びんに、もう一つはふだん使いの容器に作り上げる権利を持っていないでしょうか。

3. 私たちはどうすればいいの?

(ローマ 12:1-2 JCB)愛する皆さん。そういうわけですから、あなたがたにお願いします。あなたがたの体を、神に喜んでいただける、生きた、きよい供え物としてささげてください。それが神への礼拝となるのです。(2)この世の人々の生活や考え方をまねてはいけません。むしろ、神に喜ばれることは何かを思いながら、なすこと考えることすべての面で生き生きとした、全く新しい人となりなさい。

-神様の使命に応答する
-考えを変える
-神様の思いを知り、行動する

ヒーローの生涯 – エリシャ 神様は救い

メッセージノート

(1 列王記 19:19 JCB)エリヤは出かけて行き、十二くびき(牛馬の首にかけて車を引かせる横木。一くびきは二頭)の牛で畑を耕しているエリシャを見つけました。彼は最後の十二番目のくびきのそばにいました。エリヤは彼に近寄り、自分の外套を彼の肩にかけると、また歩き去りました。

1) エリヤはエリシャが畑を耕しているとき(仕え、タネを蒔いているとき)、エリシャにマントを被せた

2) 付き合い(関係)が大事
私たちは同じ立場で考える必要がある
(神様の働きの終焉は一致が欠けた時)

3) 付き合い(関係)を通して、あなたの人生にも油注ぎがある
(2 列王記 2:4 新改訳)それからエリヤは彼に、「エリシャ。ここにとどまっていなさい。主が私をエリコに遣わされたから。」と言った。しかし、彼は言った。「主は生きておられ、あなたのたましいも生きています。私は決してあなたから離れません。」こうして、彼らはエリコに来た。

-主は生きておられ、あなたのたましいも生きています。私は決してあなたから離れません。
-根付き続ける!

(伝道の書 10:4 JCB)上司にしかられても、職場を放棄してはいけません。冷静な態度は、相手の不きげんをなだめます。

4) 息子は2倍の油注ぎを受け取る権利を持っている
(2 列王記 2:9 JCB)向こう岸に着くと、エリヤはエリシャに言いました。「わしが天に行く前に、あなたにどんなことをしてあげようか。」すると、エリシャは言いました。「どうぞ、先生の二倍の預言の力をお授けください。」
-自分の父に仕えているように、エリヤに仕えた

(2 列王記 2:12 JCB)エリシャはその姿をじっと見つめ、「わが父!わが父!イスラエルの戦車と騎兵よ!」と叫び、エリヤの姿が見えなくなると、自分の着物を二つに引き裂きました。

5) 一致が任務を引き出す
-一致する必要性がある

6) 神様を信じる者の集まり(仲間)は、私たちの成果を決定づける

間違った人と登っていたら、頂点へ辿り着けない場合もある
-2倍の力を信じ、彼のミニストリーは約60年間続いた

本当の友達!

メッセージノート

(箴言 18:24‬ JCB‬‬)“友人のふりをする「友人」もいれば、 実の兄弟より親しい友人もいます。”

(箴言 17:17‬ JCB‬‬)“真の友は決して裏切りません。 兄弟は苦しみに会ったときに 助け合うためにいるのです。”

あなたの思いの舵を取っているのは?(恐れ?愛?) 
(1ヨハネ 4:17-18 ALIVE訳)神の愛を完全に受けとっているなら、最後の審判の日を恐れるどころか、心待ちにできる。なぜなら、我々は救世主と愛で結ばれており、この世において我々はまるでイエスのようだからだ。(18)神の愛が完全であるが故、その愛あるところに恐れなし。 人が恐れを抱くのは、神に罰せられるかと、不安をいだいているからだ。神の完全な愛は、そんな恐れをぬぐい去る。恐れている人は、神の愛を理解できていない。

どうしたら良い友達でいられるの?
(1ヨハネ 4:19 ALIVE訳) 神が先に愛してくれたからこそ、私たちは神や人を愛すことができるのだ!

あなたが発信している言葉は?
(1ヨハネ 4:20-21 ALIVE訳) 神は愛しているが、教会の兄弟姉妹は愛していないと言うのなら、その人は嘘つきだ。目に見える人間を愛せないで、見たこともない神をどうやって愛す?(21)神を愛すなら、自ずと兄弟姉妹のように教会を愛す!これが神の命令だ。

(箴言18:21MSGからの直訳) 言葉は滅ぼし、言葉はいのちを与える。言葉は毒か美味しい実かどちらかだ、あなたが選びなさい。

何故、神様は悪魔をそのまま自由にさせてるの?

メッセージノート

(マタイ 4:1-11口語訳) さて、イエスは御霊によって荒野に導かれた。悪魔に試みられるためである。(2)そして、四十日四十夜、断食をし、そののち空腹になられた。(3)すると試みる者がきて言った、「もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じてごらんなさい」。(4)イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。(5)それから悪魔は、イエスを聖なる都に連れて行き、宮の頂上に立たせて(6)言った、「もしあなたが神の子であるなら、下へ飛びおりてごらんなさい。『神はあなたのために御使たちにお命じになると、あなたの足が石に打ちつけられないように、彼らはあなたを手でささえるであろう』と書いてありますから」。(7)イエスは彼に言われた、「『主なるあなたの神を試みてはならない』とまた書いてある」。(8)次に悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華とを見せて(9)言った、「もしあなたが、ひれ伏してわたしを拝むなら、これらのものを皆あなたにあげましょう」。(10)するとイエスは彼に言われた、「サタンよ、退け。『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある」。(11)そこで、悪魔はイエスを離れ去り、そして、御使たちがみもとにきて仕えた。

あなたのをアイデンティティ(自身)に攻撃を与える
(マタイ 4:3口語訳) すると試みる者がきて言った、「もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じてごらんなさい」。

(マタイ 4:6口語訳) 言った、「もしあなたが神の子であるなら、下へ飛びおりてごらんなさい。『神はあなたのために御使たちにお命じになると、あなたの足が石に打ちつけられないように、彼らはあなたを手でささえるであろう』と書いてありますから」。

あなたの才能に攻撃を与える
(マタイ 4:5-6口語訳)それから悪魔は、イエスを聖なる都に連れて行き、宮の頂上に立たせて(6)言った、「もしあなたが神の子であるなら、下へ飛びおりてごらんなさい。『神はあなたのために御使たちにお命じになると、あなたの足が石に打ちつけられないように、彼らはあなたを手でささえるであろう』と書いてありますから」。

あなたの将来像に攻撃を与える
(マタイ 4:8-9口語訳)次に悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華とを見せて(9)言った、「もしあなたが、ひれ伏してわたしを拝むなら、これらのものを皆あなたにあげましょう」。

何故、悪魔が攻撃したいかを知る
(イザヤ43:19 新改訳) 見よ。わたしは新しい事をする。今、もうそれが起ころうとしている。あなたがたは、それを知らないのか。確かに、わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける。

違いを生み出すシーズン

メッセージノート

(2コリント3:17-18 JCB) 主は、いのちを与えてくださる御霊です。御霊のおられるところには自由があります。(18)私たちには顔の覆いがありません。鏡のように、主の栄光をはっきり映すことができます。 そして、主の御霊が私たちのうちで働いてくださるにつれ、私たちはますます主に似た者にされていくのです。

1. 自由になることができる – 重荷を下ろす
(主は、いのちを与えてくださる御霊です。御霊のおられるところには自由があります。)

(マタイ11:28-30 JCB) 重い束縛を受けて、疲れはてている人たちよ。さあ、わたしのところに来なさい。あなたがたを休ませてあげましょう。(29)わたしはやさしく、謙遜な者ですから、負いやすいわたしのくびきを、わたしといっしょに負って、わたしの教えを受けなさい。そうすれば、あなたがたのたましいは安らかになります。(30)わたしが与えるのは軽い荷だけだからです。

2. 邪魔な覆いはもう消えた – 関係を築くことができる
(私たちには顔の覆いがありません。鏡のように、主の栄光をはっきり映すことができます。)

(ヤコブ4:8 JCB) 神に近づきなさい。そうすれば、神も近づいてくださいます。罪ある人たちよ。罪の生活から足を洗いなさい。純粋で真実な心の持ち主だと認めてもらえるように、神への思いで心を満たしなさい。

3. 違いを生み出していく
(そして、主の御霊が私たちのうちで働いてくださるにつれ、私たちはますます主に似た者にされていくのです。)

(ヨハネ13:14-15 JCB) その、主でも先生でもあるわたしが足を洗ってあげたのですから、あなたがたも互いに足を洗い合いなさい。(15)わたしは模範を示したのです。わたしがしたとおりに、あなたがたもしなさい。

-グローコース
-ドリームチーム
(マタイ 5:13-16 ALIVE訳) 「あなたは、この世が必要とする塩だ!だが塩から塩気をとったら何のとりえがある?塩気をなくせば取り戻すことはできない。そんな塩は地に撒かれ、人に踏みつけられる以外なんのとりえもない。(14)あなたは世界の人が見るために輝く光だ。まるで隠せない丘の都市のように。(15)ランプに火を灯し、器をかぶせはしない。部屋中を照らせるようにランプスタンドの上に置く。(16)同じように周りを照らす光となれ!素晴らしさのあまり、際立つあなたの生き様を見た者が、天の父さんを称賛するからだ」

一緒にやろう

メッセージノート

(ルカ 10:33-37 新改訳)ところが、あるサマリヤ人が、旅の途中、そこに来合わせ、彼を見てかわいそうに思い、(34)近寄って傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで、ほうたいをし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行き、介抱してやった。(35)次の日、彼はデナリ二つを取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。』(36)この三人の中でだれが、強盗に襲われた者の隣人になったと思いますか。」(37)彼は言った。「その人にあわれみをかけてやった人です。」するとイエスは言われた。「あなたも行って同じようにしなさい。」

1.サマリヤ人って誰?
a. 私たちかな? (時々はしたことあるから…多分?…でももっとできたらなって思う。)
b. イエスかな? (もちろんイエスです。 – でも彼は人を祝福するための計画に、私たちを呼んでいる。)
c. 地域教会 (イエスの愛を、唯一、立証できる例は、地域教会。)
地域教会が正しく働くと、それに代わものはない。 – ビリー・ハイベルズ

2.自分で全てをすることはできない。
-自分以上に大きなチームに加わる
-そして計画に貢献する者になりたい!
(ローマ 12:3-5 新改訳) 私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。(4)一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、(5)大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。

3.じゃあ自分のパートはどこ?
(ローマ 12:6-8 新改訳)私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて預言しなさい。(7)奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教えなさい。(8)勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行なう人は喜んでそれをしなさい。

-グローコースと才能診断 (特に7つのモチベーショナルギフト)
預言、仕える、教える、励ます、与える、リードする、憐れみ

現代版のサマリヤ人ストーリー

1. 人生の旅を続けているとニーズが見えた – 全てのギフトが必要 (仕事場、大学、家族、コネクトグループ)
2. 共感する – 全てのギフトが必要
3. 彼の元に行った – 最初の応答者 – 全てのギフトが必要 (希望を励ます者)
4. 包帯をした – 仕える、憐れみ
5. 治すためにオリーブ油とぶどう酒をあげた – 仕える、与える、憐れみ
6. 自分のロバに乗せた – 仕える、与える、リーダーシップ
7. 宿屋に連れて行き介抱した – リーダーシップ
8. 寛大に与えた – 与える
9. 最後までの面倒をオファーした – 励まし、預言
10. そして教えた? それが今自分のしてること。 やろうよ、計画しようよ、教えようよ、広めようよ

(ルカ 10:37b 新改訳) するとイエスは言われた。「あなたも行って同じようにしなさい。」

(エペソ 1:22-23 新改訳) また、神は、いっさいのものをキリストの足の下に従わせ、いっさいのものの上に立つかしらであるキリストを、教会にお与えになりました。(23)教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。

ヒーローの生涯 – ヨセフ

メッセージノート

人生の鍵
(創世記 41:37-42 JCB) ヨセフの提言に、王も家臣たちもうなずきました。 (38)では、この仕事の責任者をだれにしたらよいのか、一同が相談を始めると、王が言いました。「ヨセフがよい。彼は神様の特別の力を頂いている。まさにうってつけではないか。」(39)そして、ヨセフのほうに向き直り、こう続けました。「夢の意味を神様がおまえにお示しになったからには、おまえがわが国で一番の知恵者に違いない。 (40)したがってわしは今、おまえをこの仕事全体の責任者に任命する。何でもおまえの命令どおりすることにしよう。この国でおまえの上に立つ者は、わしだけだ。」 (41-42)王は自分の印のついた指輪を、権威のしるしとしてヨセフの指にはめ、美しい服を着せて、首には王がつける金の首飾りをかけました。「おまえをエジプトの総理大臣に任命する。王のわしがそう宣言する。」

囚人人生
(創世記 39:21-22 JCB) しかし、主は監獄の中でさえヨセフとともにいて、何事にも心にかけてくださったので、ヨセフは看守長にとても気に入られました。(22)この男なら大丈夫と見抜いた看守長は、やがてすべての囚人の面倒を見るよう、監獄内の管理をいっさいヨセフに任せることにしました。

(創世記 40:13-15 JCB) 三日したら、王様はあなたを監獄から出し、前と同じ、ぶどう酒の毒味役に取り立ててくださいます。(14)その時は、私のことも思い出してください。再び王様のお気に入りになられるのですから、私の身の上をじきじきに話し、ここから出られるようお口添えください。(15)私はもともとヘブル人ですが、さらわれてここに来たのです。そして、無実の罪で投獄されてしまったのです。」

奴隷人生
(創世記 39:2-6 JCB) ヨセフはこの主人となった人の家の仕事をさせられましたが、いつも主が助けてくださるので、何をしてもうまくいきました。(3)ポティファルの目に、主がヨセフに特別よくしておられることは明らかでした。(4)ヨセフは主人の気に入り、家の管理と業務のすべてを任されるようになったのです。(5)すると、ポティファルの家は祝福され、万事がスムーズに運びました。収穫も、羊の群れも増える一方でした。(6)喜んだポティファルは、全財産の管理をヨセフに任せることにしました。ヨセフさえいれば、何の心配もありません。しかも、ヨセフはたいへん美青年でした。

(創世記 39:9 JCB) 家では、私のすることに、決して口出ししたり、指図したりなさいません。あなた以外は何でも私の自由にさせてくださいます。これほどまでにしていただいて、どうして、そんな大それたことができましょう。ご主人ばかりか、神様にまで背くことなどできません。」

家族に売られた人生
(創世記 37:26-28 JCB) 「おい、見ろよ。」ユダが叫びました。「イシュマエル人が来るぞ。ヨセフのやつを売り飛ばすってのはどうだい。殺すのは、どう考えても気持ちのいいもんじゃない。自分たちの手で殺したりすれば、あとでいやな思いをするだろう。虫の好かないやつだけど、やっぱり弟なんだからな。」みな賛成です。(28)そこで、隊商がそばまで来ると、ヨセフを井戸から引き上げて銀貨二十枚で彼を売りました。ヨセフはエジプトへ連れて行かれるのです。

13年後!
(創世記 45:3-8 JCB) 「兄さん、ヨセフですよ。ほら、よく見てください。お父さんは元気ですか。」びっくりしたのは兄弟たちです。あまりのことに口をきくこともできません。(4)「さあ、そんな所にいないで、ここへ来てください。」そう言われて、彼らはそばに寄りました。 「お忘れですか。ヨセフですよ。あの、エジプトへ売られた弟ですよ。(5)だけど、そのことで自分を責めないでください。神様のお取り計らいだったのです。私がここへ来るようにしたのも、ほんとうは兄さんたちでなく神様なのです。こんなふうに兄さんたちを助けることができるようにしてくださった。(6)もうこれで丸二年もききんが続きましたが、まだまだ収まりません。あと五年はこのままです。その間は種まきもできないし、収穫もありません。(7)それでも私たち一族が滅びず、やがて大きな国になることができるように、神様が先に私をここに遣わされたのです。(8)ですから、決して兄さんたちのせいではありません。神様のお導きです。神様は私を王の顧問にし、この国の総理大臣にしてくださいました。

(創世記 45:14-15 JCB) こう言うと、ヨセフはベニヤミンを抱きしめて涙にくれました。ベニヤミンも泣きました。 彼はほかの兄弟一人一人にも同じようにしました。その時になって、ようやく兄弟たちは口がきけるようになりました。

神の意志を運ぶ
(マタイ 10:28 JCB) 体だけは殺せても、たましいには指一本ふれることもできないような人々を、恐れてはいけません。たましいも体も地獄に落とすことのできる神だけを恐れなさい。

(ローマ 8:28-29 ALIVE訳)そして私たちは、人が神を愛し、神の計画どおりに歩んでいるなら、自分の身に起こるすべてのことが益となると知っている!(29)というのは、神はあらかじめ、だれが自分のもとに来るかを知っていて、そのような人たちが自分の息子と同じくしようと、最初から定めていたからだ。それは、一人子を大ぜいのイエスに属する兄弟姉妹たちの中の長男とするためだった。